引きと品性のチキンレース ―伝える技術(13)
メディカルライティングのための「伝える技術」、第13回のテーマは「引きと品性のチキンレース」 です。記事を読むかどうかを決める、最初にして最大の要素である「タイトル」を考えるときに、脳内チキンレースが開催されます。アクセルを踏んで人目を引く表現にしつつ、崖から落ちないようにギリギリのところで止まれるようにブレーキを必要最低限で踏む必要があります。どういうことなのか解説します。
安全だが誰にも注目されない⇔危険だが人目を引く
タイトルの重要性は『タイトルと導入が命 ―伝える技術(10)』ですでに触れました。情報過多時代において、どうにか見てもらおうとする努力(下心)のないタイトルでは、本文でどんなに良いことが書いてあっても、誰にも見つけてもらえません。このことをうまく表現した大好きな「コピペ」があります。詠み人知らずですが、一部を引用させていただきます。
- mixiデビュー!(0)
- 今日は私の誕生日です!(0)
- みなさんはどう思いますか?(0)
- マイミクの皆さ~ん!お知恵拝借!(0)
- 最近めちゃくちゃ落ち込んでいます…(0)
- 手首切りました…(0)
- ありがとう…(1)
- 我はメシア、明日この世界を粛清する。(54687)
いやはや、mixiってところに時代を感じますねぇ。ご想像の通り、カッコ内の数字は既読数を表しています。デビューしても誕生日でも悩みがあってもリストカットしてもぜんぜん相手にされてないのに、「メシア覚醒」したとたんに爆上げです。
こういうことはウェブ記事やメルマガなど、リアルタイムに数字を確認できる媒体を運用していると、よく経験します。普通のタイトルではほとんど見られないのに、奇抜なタイトルを付けると数字がガッと上がる。その差は明確。上のコピペを笑えないくらいに明白です。データを見ながら運用を続けていくと、いずれタイトルを一瞥しただけで「イケてる/イケてない」が分かるようになります。
PV欲しさに魂を売ってはいけない
慣れてくれば、いくらでも「メシア覚醒」みたいなタイトルを思いつくようになります。ごく簡単な方法としては、読者対象の好きなテーマをディスったり、悪ふざけすること。これであっという間にPVは稼げてしまいます。要はゴシップ系週刊誌や炎上体質のツイッタラーのようなものです。マトモな考え方とはベクトルを真逆にして、スロットル全開でぶっ飛ばせばよろしい。面白いように皆さんご覧になってくださいます。
でも、この方法は3つの理由で禁忌です。(1)まず倫理面でアウト。個人でやってるなら自己責任ですが、企業名でそんなことをしたら大変です。担当者が怒られるだけで済むならまだマシで、社長が記者会見で頭を下げるようなことにもなりかねません。(2)また、その媒体が「オオカミ少年」のレッテルを貼られてしまうのも、地味に致命的です。実際はたいしたことがないのに、とんでもないことが起こったように何度も吹聴するわけですから、読者が慣れてしまって効かなくなります。(3)さらに、タイトルと本文が乖離している、すなわち件名で期待した内容と本文が合致していない場合も同様にオオカミ少年になってしまいます。
「メシア覚醒」は、依存性のある麻薬を乱用したようなものです。すごく効きますが、いずれ耐性ができるし、人生を破壊する大きな原因になってしまいます。人目を引くタイトルを考えるのは大事なことですが、人としての一線を越えてはいけません。越えた後は転落する一方です。
「品性」という名の呪縛
一方、リスクを冒したくないが故に、まったく人目を引かないタイトルを付けてしまう人達もいます。その人達がよく使う言葉は「品性」です。品性ってなんですかね…? 辞書によると「道徳的規準から見たその人の性質、人格」とあります。ついでに道徳も調べてみると「善悪をわきまえて正しい行動をなすために、守り従わねばならない規範の総体」だそうです。要は「正しい行動をしてそうかどうか」ってことですね。
それじゃ「正しい」って一体なんだろう…という哲学的な問いに答えを出すまでもなく、「メシア覚醒」に品性がないのは普通に理解できます。テロリズムや無差別犯罪などを彷彿とさせる表現なので、完全にOUTでしょう。でも実務においては、もっとふわっとした観念的なイメージで「品性」が規定されているような気がします。「誰にもクレームを付けられない(と思えるような)もの」を品性と言っているようなきらいもある。
ここで「品性なんてクソ喰らえ」と言いたいわけではありません。ただ、品性という言葉の前に思考停止状態に陥ってやしませんか?と言いたいのです。できる限りギリギリのところを攻めていきたい、そう思うのがクリエイター魂じゃないかなぁ。
引きと品性のチキンレースは続く……!
自分が書いたものを読んでほしい、自分たちが創り上げたものを見てもらいたい――そういう気持ちは誰にも非難されるべきものではありません。まずは届けたい人にどう言えば振り向いてもらえるのか、いったんアクセルをギュっと踏んで、引きのあるタイトルを作ってみましょう。倫理とか品性はとりあえず置いておいて、手元にある素材(コンテンツ)を使って最大限のものを作るのです(ここで素材以上のタイトルを付けるとオオカミ少年化するので注意)。
いくつか「わたしが考えたさいきょうのタイトル案」ができたら、いったん休憩して、今度はブレーキを踏む方向で検討しましょう。つまり倫理や品性の面から「アリかナシか」を冷静に検討するのです。アクセルとブレーキの絶妙なバランスでもって、崖ギリギリを攻める。タイトル付けはいつもチキンレースのようなものです。
崖に残れるか、落ちてしまうかは、最終的に決める人(クライアントなど)の専有事項です。何回かチャレンジしてみれば、どのあたりで線引きをしているのか分かってくると思います。
一番やってはいけないのは、崖から落ちることを恐れて、だいぶ手前で止まってしまうこと。タイトル案は通りやすいかもしれませんが、結果としてクライアントが求める効果を得ることができなくなります。タイトル付けについては、崖から数回、数十回落ちようが生命の危険はございません。タイトルの「引きと品性のチキンレース」を楽しんでいきましょう!